ミイラとりがミイラに

ミイラをとりに出かけたら

トキメキを忘れたくない ずっとそばにいるよ Ya-Ya-yah

ジャニーズオールスターズアイランドが幕を開けた日、ゲストにヒガシが来た。次の日は光一さん。どうやら毎公演ゲストが来るらしい。

真っ先に思ったのは、カメが見たい!そしてタッキーが見たい。薮が来たら、どうしよう。(どうしようもこうしようもない)

2ヶ月弱の間、たくさんの先輩が来て、亀梨くんもタッキーも来たし、私は見ることができなかった。入らない日はツイッターを見ながら今日行きたかったな〜楽しそうだな〜とか、(ま、今日はいっかな〜とか笑)思いながら、それ以下もそれ以上もなく、過ごしていた。
私が入った日は聡マリだったりマッスーだったり、2回はお正月SPだった。バックにつくPrinceはまだ見れていない。でも満足だった。(あと1回あるから、見れたらいいなぁ〜)

2017年1月19日午後4時過ぎ
TLに衝撃が走る。流れる「Ya-Ya-yah」の文字。懐古や歓喜の悲鳴。(文字だけど)どうやら彼らが「Ya-Ya-yah」を名乗ることに決めたらしい。「あぁ、今日入ってなくて良かった」「あぁ、私が入ってる日でなくて良かった」咄嗟に、でも確かにそう思った。

 

中学入学と同時に、生年月日が全く同じの美しい男の子に心を奪われた。ちょっと、いやだいぶ天然で、1人だけ異様に長い手足は踊るには少し邪魔そうだった。初めて見たころ彼は男の子5人でまとめられていたが、同い年の八重歯がかわいい男の子が入ってきて、そしていつの間にか4人になった。

ビデオデッキにへばりついて一時停止を駆使してビデオテープを節約したり、擦り切れるまで何度も再生して、毎日同じ映像だと分かっていながら急いで帰ってアニメのEDを見て何度も録って、友達のお兄ちゃんにビデオからMDに音源を落としてもらって毎日聞いた。中学生になって少し増えたお小遣いはそのまま雑誌へと形を変えたし、その頃の写真を見れば、修学旅行でも体育祭でも毎日のプリクラでも、みんなで雑誌の彼らと同じポーズをしている。(恥ずかしい)(まさに黒歴史)特に新しい物がなくてもとりあえず行きたかったグッズが所狭しと貼られていたジャニショ。舞台やコンサートがあればお手伝いを頑張ってたった1枚、チケットを買ってもらって。特別おしゃれしてドキドキして向かった横浜アリーナや代々木の特設テント。帝国劇場に初めて行ったのも、薮が出ていたからだった。NHKホールにも何度も足を運んで、放課後クラスの友達と毎日のように通った荒川(若気の至り)、休みを費やして桜中のモブ生徒になっていた日々。

大小小大と綺麗なシンメトリーを描いていた4人の背はだんだん差がなくなっていったし、世界で1番綺麗な響きだと信じていたセンターのハイトーンボイスも低くなり、それに合わせて、大好きだった「触れ合った唇が今もふたりの吐息を」は低くなって少しだけリアリテイを持ち始めたし、歌う曲がなんとなく変わり始めたり。

自分でもビックリするくらいこのあたりの「記憶がない」んだけど、薮と光はデビューして、「Ya-Ya-yah」という名前はなかったことのようになって、太陽は若手俳優としての道を歩んでた。

私はその後もうYa-Ya-yahのない「ジャニーズ」と距離を置いたし、Hey!Say!JUMPに何か負の感情を抱くこともないし頑張って欲しいし、Ya-Ya-yahがデビューしてればとかデビューして欲しかったとか思うこともない。

ただ、2007年で止まっている、それだけだった。Ya-Ya-yahの4人も、Ya-Ya-yahが好きだった私も、高校生のあの時止まった、それだけだ。まさかまさかジャニーズに戻ってきた今も、そこだけは止まったままだったのかもしれない。だから今日、咄嗟に思ったのは「入ってなくて良かった」「入ってる日でなくて良かった」。


10年の間、たくさんのアイドルを好きになって、そして私の好きな形ではもう見れなくなってしまったことも多々あった。KAT-TUN、3代目青学、5代目青学、少年ハリウッド、EXO、WINBチーム、2NE1……そしてYa-Ya-yah。初めて好きになったのも、初めてのファンレターも初めてのサインも初めての現場も、初めてのさよならもYa-Ya-yahだった。

 


10年の時を経て、再び彼らがYa-Ya-yahの名前を背負った。私の好きだった形にはもう戻れない。戻らない。
だけど、ずっとなかったことのようにされていたあの時を、その名前にかけられていた封印を、彼らが彼らの手で解いた。もう叫んでいいんだ。Ya-Ya-yahYa-Ya-yah!!合言葉はYa-Ya-yah!!!たしかに2人はYa-Ya-yahだった。4人はYa-Ya-yahだった!それは変わらない、それは「変わらない事実」でいいんだ!

これが希望なのか、絶望なのか、それすらまだ混乱している私には分からないけれど。ただ、あの頃中学生や高校生だった彼らも、私も、今に繋がっていて、今も続いていて、そのことに今日気付いた。