ミイラとりがミイラに

ミイラをとりに出かけたら

odd

2017年12月20日の今の気持ちです。

実感が湧かないし、結局まだひとつも理解していない、ので、こうやって自分で書いている言葉も、私が本当に思っていることなのか、分かりません。今の気持ちに至る要因となったそもそもの事実を理解できていない、し

 

でも、こうやってPCに向かって何かを吐き出さないと、今、ただ突然知らない世界に放り出されたような、「いつもと変わらない日常」なのに全く知らない世界にいるような、つい2.3日前まであった「当たり前」は私の中では一瞬にしてなくなったのに周囲にいる人はいつも通りの「当たり前」で、その違和感がずっとこわい。こわいから吐き出さないと、と思った。今の自分のためだけ

 

思い出を書き出したらキリがない

もうずっと長く好きだった。好きだ、今も

 

KPOPを長く追いながら学んだ「絶対なんてない」「次がいつなくなるか分からない」ということは、いくら平和なSHINeeと言っても、肝に銘じてて。それでもSHINeeは毎回毎回、今の「最高」を魅せてくれるので、そんなことを肝に銘じながら、たぶん本当に「次」が来なくても、後悔しない自信があった。SHINeeの作るもの、SHINeeの選ぶもの、全てを信じているから、5人の誰かが、5人が、どんな選択をしても、そっと、スッと受け入れてひとりひとりを応援する、だろうと思っていた。私の思う「次がなかった未来」はそんなだった

 

 きっと、自らその決断を選んだその心を理解することは、私には無理だろう。それでも、素敵な家族、メンバー、たった一握りの人しか見れない景色、どれも彼を引き止められなかったのだから、彼の決断を私は「誰も何もどうしようもなかった」と思うしかない。そして彼のその選択も、やっぱり責めることができない

 

照れたようにはにかむ笑顔や独特なイントネーションがかわいい日本語、弟たちとはしゃぐヒョンとは思えない姿、そして圧倒的歌声。ふといまの現実を考え頭ではその「事実が起こった」ことは分かっているはずなのに、それが本当だとはまだ思えない。もう彼の姿を見ることはできない、とは、どうしても思えないんだ

 

4人で立つ姿を見たら、実感するのだろうか。そうとも思えない。たぶん、マイケルジャクソンやジャイアント馬場忌野清志郎がまだどこかで生きているような気がするように、私はずっと、彼も生きている、そんな気がしながら私が生きていくことを選ぶのではないかな、?

 

大好きだよ、大好き、大好き、ずっと大好きで楽しくて幸せだった。ずっと大好きだよ。忘れない、忘れられない。ありがとう、ありがとう、ありがとう、ばかやろう、それでもありがとう。ごめんね。私にはいつも楽しくて勇敢な姿だけ見せてくれてありがとう。いつもかっこよくてかわいくて楽しいキムジョンヒョンしか知らない、知らなかった。どれだけ強い人なんだろう。ありがとう。花道だけ歩いてね

 

 こういう未来があっても、忘れたいとか好きにならなきゃ良かったとか、今までを否定する感情だけは一切わいてこない。今までもずっと、これからもずっと、パールアクアグリーンの光の中に立つ5人の男の子が、私の誇り。ずっと